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「淡路 『島』だった頃」  連載が始まりました

3月28日(木)から朝日新聞淡路版で「淡路『島』だった頃」
の新連載が始まりました。
初回は島だったころを象徴するような「洲本港の別れの風景」です。
本州や四国と船で往来していたこの時代、上司の転勤や仲間の帰
京時によく見られた光景です。ゆっくりと船出する定期船と岸壁の
間にたくさんのテープがたなびく様子はドラマチックでした。
1985年には四国と結ぶ大鳴門橋が、1998年には本州とつな
がる明石海峡大橋が次々に開通し、大阪や徳島に向かうフェリーや
客船は次々に姿を消しました。港での別れの風景は、今となっては
懐かしい思い出となってしまいました。
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朝日新聞連載が始まります 「淡路 『島』だったころ」

明日から朝日新聞で「淡路 『島』だった頃」の連載が始まります。
明日の朝日新聞朝刊に新聞折り込みが入り、連載を大々的にPRし
てくれます。

明石海峡大橋開通から今年で15年となる節目の年に島の記憶をた
どります。大鳴門橋が架かる前の1960~80年代の懐かしい写
真でたどる「島」の姿。
毎週木曜日の掲載(予定)です。

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昨年の春に ”Web写真展 淡路 「島」だった頃」”を開催し、
全国の多くの方々にご覧いただきました。この写真が朝日新聞社の
方の目にとまったようで
今回の連載に繋がりました。
地方在住のアマチュアカメラマンの写真が、長期間連載されるのは
本当に光栄です。

私の長い写真人生の集大成になります。

懐かしい写真を囲んでご家族でお楽しみください。

光岡自動車の品質を憂慮する(1)

風薫る5月。
自作車「K3」での走行が心地よい季節になってきました。
自分で組み立てた車なので愛着はひとしおなのですが、
運転席に座ると嫌な思い出ばかりがよみがえってきて複雑な
気持ちになります。


皆さんは下の写真がなんだかわかりますか?

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わが愛車に取り付けている部品ですが、
表面は全面サビに覆われています。

ヘッドライト、バックミラー、風防フレーム、エンブレム
これら全てのメッキ部品がサビに覆われているのです。

このキットは2006年に購入したのですが、忙しくて組立
を始めたのは2008年。
その後も仕事が忙しくてずっと和室に保管していました。
そしたらこのサビです。

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「和室保管の新品同様ですよ‼」

人が生活する比較的良好な環境下で大量のサビ発生。

「日本の車品質」からすれば信じられないことですが
事実です。


光岡の品質担当者に部品交換を要求したが叶わず。
購入から期間がたっているとはいえ・・・・

驚きの回答。
[光岡品質担当者からのメール/原文]


メッキの品質の件ですが、まず弊社コンセプトが、
コストを重視し汎用品を安く仕入れる事で、開発費用
の削減・車両価格の低減を図っております。
また、折衝の際も、このコンセプトに基づき行われており、
業者様から良い返答が得られません。



「部品の信頼性試験もせずよくまあ車を造っているな」
あきれて開いた口がふさがりません。

優秀な日本の自動車産業において
「こんなメーカーが存在する価値があるのだろうか?」
疑問に思わずにはいられません。


これ一つならとやかく言わないのですが、
信じられないような問題が次々に発覚します。


続きは次に紹介します。
光岡品質担当のメール「原文」を添えて。


さよなら レモンちゃん

ホームページで紹介してきたオカメインコの「レモンちゃん」
を逃がしてしまいました。


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7月25日の朝、一瞬のすきを突いて大空に消えて行きました。
家族4人で一週間さがし続けましたが見つかりませんでした。
逃走したその日から「オカメインコをさがしています」という
チラシをたくさん配りました。
小学校、中学校の早朝練習グランド、朝のラジオ体操広場、
人が集まりそうなショッピングセンターなどなど・・・
逃げ出してからもうすぐ一カ月になりますが見つかりません。
何処かのおうちでかわいがられていることを願っています。

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《レモンちゃんが見つかった !! その1》
数日後の午後「さがしているインコを保護したので今から届け
ます」という留守電が入っていました。
「奇跡だ」メッセージを聞いた時家族みんながそう思いました。

しかし、いくら待っても電話の主は現れません。
留守電が5回入っていたので「留守」と思い引き返したのでし
ょう。
そして夜、その方から「まちがいでした」というお詫びの電話
が入りました。
この方は安呼中学校の先生でした。
生徒たちが保護し保護者の方から先生に連絡がはいりました。
”20cmくらいの黄色いインコ”だったので先生はてっきり
「レモンちゃん」と思いすぐに私に届けようとしたわけです。

しかし、留守のようなのでいったん学校に引き返し、改めてチ
ラシと比較したらほっぺの丸いオレンジが無かったのです。
保護したのは黄色いセキセイインコでした。
レモンちゃんは見つかりませんでしたが、私はこの話を聞いて
目がしらが熱くなりました。
とても嬉しかったです。
翌朝、さっそく中学校へお礼に行ってきました。

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《レモンちゃんが見つかった !! その2》
もうひとつ、小学生の朝のラジオ体操広場でのことです。
子供たちにチラシを配っていると一人の少年が「これ隣町の
居酒屋さんで見たよ」
というのです。
「やった見つかった」と心躍りました。
しかし、聞いていくとチラシが居酒屋さんの壁に貼ってあった
のを見たということが分かりました。
小学校で配ったチラシを父兄の人が人の集まる居酒屋さんに貼
ってくれていたのです。
残念な思いよりも嬉しさがこみ上げてきました。

今回、たった一羽の小鳥を救うために多くの方々が協力してく
れました。
淡路島の小さな田舎町の人情味あふれる物語です。


みなさんほんとうにありがとうございました

何本かストックしているレモンちゃんの動画を「YOU YUBE」
で紹介しますのでぜひご覧ください。
約4分間のノンストップのおしゃべりと歌などもあります。

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さよならレモンちゃん。

K-3 発進

   記念すべき2011年4月10日

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今日はホームページで紹介している「自分で組立てた車 K-3」が
公道を走った記念すべき日です。
結婚記念日は時々忘れますがこの日は決して忘れないでしょう。

2008年の1月から組立を始め、約6カ月かけて完成。
マニュアル通りには組み立てたものの、果たして走ってくれるのか?
和室保管なので確認のしようがないまま3年の歳月が流れました。

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そうそう、当時はガレージが無かったので部屋の中での組立。
和室2部屋と廊下はK-3の部品で埋め尽くされガレージと化し
ました。

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いよいよ発進のカウントダウン
今年に入り、日本滞在が多くなったので部屋から出すことにしました。
もう一度マニュアルを見て細部を再確認。
「多分大丈夫だろう???」と判断してナンバープレートを申請。

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安全点検を終えていよいよ走行開始
先ずは「神戸マツダ」に持ち込んで安全点検。
   「大きなミス発見」
      「ホッ 死ななくてよかった」

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快調に走ってくれますが・・・
  「この音は大丈夫か?」
  「直進安定性はこれでいいのか?」
といった ”組み立てた結果の走り” が気になって仕方ありません。

NETで調べまくり(必死の状態)、
   やっと「K-3組立のプロ」を発見。
神戸から出張指導に来てもらい『合格』をいただきました。


やっと頭の中のモヤモヤが消え青空が広がった気分でした。


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K-3という車は光岡自動車から100台限定でキット販売されました。
なので日本国内で組立にチャレンジした人は100人未満なのです。
指導に来てくれたのは神戸にある「K&Y」という会社のオーナーの
藤田さん。
この方は自分でK-3を3台も組み立てたというのですから驚きです。

キットを購入したものの途中でギブアップし組立を依頼してくる人も結
構いるようで、完成車を見たのは私で3人目とのことでした。

  
 
 ” K3完成はまさに快挙 ”
               だったのです。


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kitty

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